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広島地方裁判所 昭和45年(ヨ)443号 判決

申請人

別紙第一目録記載のとおり

代理人

原田香留夫

山田慶昭

高村是懿

恵木尚

被申請人

広島県高田郡衛生施設管理組合

被申請人

吉田町

右両名代表者(組合管理者並びに町長)

佐々木末雄

右両名代理人

内堀正治

川本権祐

主文

一、被申請人高田郡衛生施設管理組合はし尿処理場を、被申請人吉田町はごみ処理場を、別紙第二目録記載の土地上にそれぞれ建設してはならない。

二、執行者は前項の趣旨を公示するため適当な方法をとることができる。

三、申請費用は被申請人らの連帯負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(一)  申請人ら

主文同旨

(二)  被申請人ら

本件申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、申請人ら(申請の理由)

(一)  被申請人組合は広島県高田郡内七ケ町が地方自治法二八四条により設立した事務組合であるが、一級河川江の川の両岸に位置する別紙第二目録記載の土地(以下単に本件予定地という)に同郡七ケ町共同施設のし尿処理場を、被申請人吉田町は同所に同町のごみ処理場を建設することをそれぞれ計画し、両者あわせて仮称高田郡環境衛生センターなるものを建設せんと用地買収をすませ、施設建設準備中のものである。

(二)  申請人平原敏一、同宮本輝雄は前記予定土地の隣接地の所有者であり、その余の申請人はいずれも別紙第三目録のとおり前記江の川の沿岸のかつ予定地から最長1.5キロメートル以内の範囲に土地、建物を所有するなどして居住するものである。

(三)  本件し尿処理場は高田郡内の推定量一日二〇トンの処理を予定しているが、安佐郡の同種施設、呉市の市営し尿処理場等既設のものはいずれも悪臭ならびに不完全な浄化による汚水の流出が問題となつており、自治体の財政的限界及び日本における公害技術の立遅れから本件し尿処理場についても公害を発生させる蓋然性が高く、直下流に居住する申請人らは飲料水を川沿井戸、かんがい用水をポンプ揚水施設より得ており、また濁水期には川の水を風呂に利用している現状であるから、汚水の流出によつて申請人らはこれらの生活基盤を失なうことになるおそれが非常に強い。しかも将来上流の土師ダム建設により川の水量が現在の約一〇分の一に減少する場合には右のような危険性はさらに強くなる。

(四)  また、本件ゴミ焼却場についても臭気を発生させるばかりかゴミ及び助燃剤たる重油の焼却により亜硫酸ガスを発散しかつ予定地は三方を山にかこまれた谷あいの地にあり臭気、ガスが蓄積しやすい地形にあり、また近年塩化ビニールプラスチック等のゴミ中への混入量が増加しつつあり、これらの焼却による各種有毒ガス発生も無視できないもので、いずれも予定地周辺に居住する申請人らの健康、作物への影響が予想されるものである。

(五)  本件環境衛生センターは以上の如きいわゆる公害を発生させる虞があるものであり、かつその程度は受認限度を越えるものであるから、申請人らは環境の保全を求める人格権又は不動産所有権・占有権等の相隣関係のいずれかによる請求権、とくに申請人平原敏一と同宮本輝雄については直接隣接土地の所有権そのものに基づき、その建設の差止を求めるものである。

(六)  しかも前記各公害は決して一過性のものでなく、長期に継続するものであるから前記の如き施設は人家の集落を遠くはなれた場所に建設すべきであるが、予定地と申請人らの大部分の居住地区とは約5.600メートルしか離れていないにもかかわらず被申請人らは申請人らに対し公害の可能性、用地の選定について納得させるに足る説明をなんら行なわず、被申請人らの反対を無視して不当に高価で本件予定地を買収、その整地を強行しようとし、かつ、未だ用地の一部買収について前所有者との間に紛争が係属中であり、また、県知事の許可のないまま農地の現況を変更してしまい、前記衛生センターに不可欠な用水の確保方法についても不明確なまま工事を強行しようとするなどの強暴な方針をとりつづけている。かかる被申請人らの態度に徴すれば衛生センター施設が完成された場合には右施設の適正な管理運営は勿論のこと公害防止対策あるいは被害補償対策についても誠意ある態度は到底期待できない。

これに反し、申請人らは、他に適地があることを示して本件予定地への建設中止方を再三陳情したにもかかわらず、黙視されている有様であり、このような状態で本件施設が設置されるときは、申請人らはこれまで有していた健康で文化的な生活環境を享受しつづけることが不可能となることは必至であり、右損害は金銭賠償をもつて償うことのできないものであるから、これが侵害を差止める必要性の存することは明らかである。

二、被申請人らの答弁並びに主張

(一)  申請の理由第一項は認める。第二項中申請人平原、同宮本に関する部分を認めその余の事実は不知。第三項、第四項中、受認の限度を越える公害を発生させるおそれがあるとの事実はいずれも否認する。又土師ダム建設に伴い吉田町地内多治比川合流点における流量は、およそ従来のそれの約三分の一となる計算だが、安定した流量が確保されるはずである。第六項記載の各事実は否認する。

(二)  本件環境衛生センターは高田郡内のし尿及び吉田町内のゴミ処理がこれまで不完全であつたものを近代的設備に改めるための強度の公共性を有するものであり、すでにし尿処理場については事業資金八、五〇〇万円、ゴミ処理場については同金一、〇〇〇万円を被申請人らの各議会においても可決済のものである。

しかも本件土地は①水量が豊かであること②高田郡内からの交通が便利でし尿、ゴミの搬入に便利であること③密集した集落からできるだけ離れていること④必要な面積の用地を確保できることなどの衛生センターとしての必要条件にいずれも合致し、その余の候補地は検討の結果いずれも適地でないと認められたものであり、また本件予定地に建設されるし尿処理施設は脱臭装置、汚水浄化装置が十分施され、最終処理水は汚染度一七度以下(厚生省基準三〇度)になるもので、ゴミ処理施設も防臭、洗煙装置等により降下煤じん量は一平方米あたり0.5グラム以下(厚生省基準0.7グラム)亜硫酸ガス0.034PPM以下(厚生省基準0.22PPM以下)になるもので受認限度を越える公害を発生させるものではない。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一、本件予定地に被申請組合が高田郡七カ町の共同し尿処理施設を、被申請人吉田町がゴミ処理場をそれぞれ建設するため用地買収をすませたものであること及び申請人平原敏一、同宮本輝雄がいずれも本件予定地の隣接土地所有者であることは当事者間に争いがない。

二、〈証拠〉によれば前記二名を除くその余の申請人らがほぼ別紙第三目録記載の本件予定地からの距離付近に土地、建物等を所有して居住するものであることが疎明されるところ、(右認定に反する疏明はない。)本件申請は過去における違法な生活利益の侵害を基礎として賠償あるいは差止等を求めるのではなく、将来の被害を予測してその差止を求めるものであり、かつ所謂公害はその及ぶ範囲が広くそれによる被害者も多数人が予想されるという特異性を有するところから、個人、個人のうける被害の程度を個々的に判断することは容易でなく、一応地域的な判断をもつてこれにかえざるを得ないこと、かくすることが緊急性をも要件とする仮処分の段階にあつては、またやむをえないものがあることを考慮すれば、地域的関係からみて明らかに申請人適格を有しないと認められる者は別として申請人としての適格を認めるのが妥当であると解するのが相当である。そこで本件の場合申請人らは、本件予定地との距離関係を明らかにした前記疏明に徴し、一応申請人適格を有するものとして取扱うこととする。

三、次に前記施設がいかなる生活妨害を発生させるかにつき検討する。

(一)  し尿処理施設について

〈証拠〉を総合すればまず本件し尿処理施設は設計者栗田工業株式会社でいわゆる嫌気性消化法といわれ、し尿投入→前処理(し尿分離)→貯留槽→消化槽→調整→活性汚泥処理→最終沈澱→希釈→塩素滅菌→放流の過程を経て嫌気性微生物の繁殖により有機物を分解し、有害生物を死滅させることを主たる方法とするもので、一日三〇キロリットルの処理能力をもつものであること、設計通りの性能を発揮した場合、通常のし尿のもつBOD(生物化学的酸素要求量―汚水判定の基準となるもの)一一、〇〇〇PPM〜一三、〇〇〇PPMを前処理段階で一五%除き、約一二、〇〇〇PPMとし、消化槽段階で二、五〇〇PPM、活性汚泥段階で一、一二五PPM、希釈水を加えた段階で86.1PPM、さらに薬品による浮遊物の除去でB・O・Dがさらに約半分になると予想されていること、しかるに設計説明によれば、放流水は清掃法施行規則(昭和二九年六月三〇日厚生省令第三二号)九条一項一〇号に定められた基準B・O・D三〇PPM以下になるとされているがその根拠は明確でないのみならず同種施設の現実の運転による排水のB・O・Dは必ずしも仕様書記載通りの能力を発揮しない例が多く既設の施設の測定をした場合五〇〜六〇PPMが通常であることに鑑みれば本施設の排水成分も右程度に止まるものとみられないではないこと、本施設の場合の排水は二〇倍の希釈水を含め一日六〇〇トンとされているが、これが江の川に排出された場合、右江の川の現在の年平均減量は15.9m3/sec、渇水期には4.6〜5.5m3/secであるので、渇水期においてもただちに拡散した場合にはさらに約六五〇倍に希釈されB・O・Dは一応無視し得る程度になる筈であるが江の川の流速はさほど急とはいえず、蛇行もゆるやかであるため、排水口から約五〇〇メートル位までは排水口のある右岸に添つて薄い茶色の排水がほぼ細い帯状に流れることが予想されること、また本件処理場施設には脱臭剤として苛性ソーダを使用することになつているが、その廃液は一、一六一m3/日と多量にのぼり、これを一カ月ごとに放流すると予想されること、及び現在一人一日あたりのし尿量を一〜二リットルとして約三万人分を処理する予定となつているが、高田郡内(人口約五万)における生活向上によるし尿の収集率の増大、現実にそのきざしのある産業誘致による人口増等があつた場合には三〇キロリットルの処理能力ではやがて限界に達するであろうし、処理能力を越えてし尿が投入された場合には放流水中のBODが著るしく劣化することが安佐郡の処理施設の例からしてもうかがえること、しかもさらに悪条件として昭和四八年度には江の川上流に多目的ダム(土師ダム)が完成する予定であること、その際のダムからの放流水によつて下流にどの程度の流量が確保されるかは必ずしも明らかではないが、ほぼ濁水期である九月から翌年四月までには1.5〜2.0m3/secとみられ、現流水量の約三分の一以下になることが明らかであることがそれぞれ疏明され、右に反する琉乙第三号証中の機械性能につき評価を加えた部分及び証人安田弘の証言は前掲各証拠に照らし措信できない。その他右認定に反する疏明はない。又〈証拠〉によれば本件し尿処理場の直下流の甲田町在住の申請人らはすべて飲料水を井戸水に依存していること、特に川岸から約五〇メートル以内の井戸が三三戸あること、しかも江の川が洪水をおこすと井戸水がにごり、又護岸工事をすると枯渇する井戸が出るといつた過去の事例からして、井戸の水脈が江の川のそれに密接に関連していることが窺われること、又水田約四〇ヘクタールが川水をかんがいに利用していること、時には川の水を風呂に使用する者もあることが疏明され、以上を総合すると、特に渇水期において拡散して自浄作用をうける以前のし尿処理排水及び苛性ソーダ排液により申請人らが飲料水に対し将来蒙るであろう影響はかなりの確実性をもつて予測されるものと考えられ、勿論その影響の科学的根拠を問題にするとすれば、川底ならびに申請人らの井戸の存する土地の地質、井戸の深さ等を詳細に検討しなければならないであろうが、前記各資料をもつてしても生存の基礎たる飲料水への影響は無視し得ないものとなるであろうことはこれを認めるに難くない。

(二)  ゴミ処理施設について

〈証拠〉を総合すれば、被申請人吉田町のゴミ処理施設は株式会社三平工作所製の日量五トン(一日八時間運転)の焼却炉であつて重油を助燃剤とし、粉じんを洗煙装置により取り除いたうえ高さ二五メートルの煙突から排出するものであること、設計では結論部分として排ガス中のいおう酸化物の濃度は四〇〜一五〇PPMばいじんの濃度0.5g/Nm3(OO、気圧一立方米における重量)と記載されているが、沈降室での排ガス速度及び沈降室の容量より右結論部分の当否につき推定をおこなうと、排ガスの総流量は1.6m3/secとなり、本件のような山間部のゴミ質は水分が多い悪質のものであるため助燃剤たる重油は一時間あたり約二五リットル必要とされ、重油及びゴミに含まれるいおう分の燃焼によるいおう酸化物の合計排出量は106.3〜243.0PPMで本装置には脱硫装置がついていないためそのまま放出されると予想されること、かつ、ばいじん量も洗煙室のシャワーにより除去できない一ミクロン以下微細なものが通常一〜二g/Nm3排出されるとみられること、その他の排出有毒ガスは現実のゴミ質によつて大きく左右され推測ができないこと、及び本件予定地は、川幅約五〇メートルの江の川をはさんで南側に約四二〇メートル、北側に約五二〇メートル、西側に約四四〇メートルの山が聳える、長さ約2.5キロの凹字型の峡谷の底に存し底地部分の幅は約七〇〇メートルないし一キロメートルしかなく、峡谷部分の容積は高さ三〇〇メートルまでを計算すると15×17m3しかないこと、このような凹字型の谷では山谷風といつて、山の斜面の空気と同じ高さの谷の中心部の空気の温度差から生じる風が支配的となり、日中は山の斜面に添つて上方へ、夜は山の斜面に添つて下方へと流れ、排煙が山の稜線(四〇〇メートルから五〇〇メートル)を超えて大気中に出ることを妨げるはたらきをすること、さらに狭い谷間のため、層内の上方の空気の温度がたかまり、フミゲーション現象といつて空気が上昇せず、フタをしたような状態になり層内で空気の蓄積現象をおこすことが予想されるので、その場合には、いおう酸化物及びばいじんの濃度が飛躍的に高まるおそれがあること、しかも予定地付近は霧が発生しやすい地形でもあるためいおう酸化物とばいじんが結びつくなどの相乗効果も起しやすいものであることしたがつて特に吉田町吉田地区の申請人らは大気中に蓄積しやすい地形の下で亜硫酸ガス及びばいじんの影響をうけ、放出される亜硫酸ガスの濃度が大気汚染防止法(昭和四三年法第九七号)関係法令により計算されるもつとも厳しい値最大着地濃度0.009PPMを越えることも十分予想され亜硫酸ガスの影響については0.01PPM以下でも一年以上の長期にわたる曝露により草花、野菜畑などに三六%以上の被害があるといわれ、しかも一ミクロン以下の微細なばいじんの粒子と亜硫酸ガスが人間の肺中で結合すると非常に激しい呼吸障害等をおこすこと(PS効果)が知られておりV字型の小さな峡谷での人体への亜硫酸ガス・粉じんの放出による被害例は諸外国にも実例があることなどが疎明され以上認定に反する疏乙第三号証の機械性能の評価について述べた部分証人大本郁男の証言は措信できない。そうだとすると吉田町地区居住の申請人らに対する大気汚染による健康への影響が無視できないものとなるであろうことは、これを認めざるをえない。

四前記認定の如く、本件の場合、本件予定地附近に居住する申請人らは生存にもつとも根本的な水と空気につき相当程度の可能性をもつて汚染による被害をうけることが予想され、かつその汚染は一過性のものではなく永年継続し、施設が老朽化するに伴つて汚染程度も悪化するものであり又本来健康は財産的な補償になじまないものであるから、このような生命身体に対する侵害に対しては事前にせよその侵害の予防として本件申請の如き差止請求を認容すべきものであることは多言を要しないであろう(尤も申請人平原敏一、同宮本輝雄については直接隣地所有権に基づく妨害予防請求として認容することも可能であろう)。

しかし乍ら本件の場合、本件環境衛生センター建設計画は被申請人らが地方自治体として地域住民のし尿、ゴミの衛生的処理をめざすものであつて、公共性をもち、かつ申請人らに対する悪意ないし害意をもつものでないこともまた明らかであるから、本件差止の可否を判断するためには被害の程度態様の点のみでなく、本件予定地を選定するに至るまでの経緯や本件生活妨害が避け得ないものであるか否か、詳言すれば地方自治体として被害をうける地元側の意見をも十分聴取したか、あるいは補償措置や公害監視体制についても話合つたのか、また他の土地の物色検討に努力を尽したうえやむなく本件予定地を選定したのか、差止による申請人・被申請人の利益、不利益の比較考量等の事情をも総合して判断する要があるであろう。

(1)  まず、本件予定地が決定されるまでの経緯や町側と地元側との接衝状況について按ずるに、〈証拠〉によれば被申請人組合は昭和四二年に甲田町内に共同処理施設を建設しようとし起工式まで行なつたが住民の反対により中止したものを、被申請人組合の組合長でもある吉田町長が地元の吉田町所在の本件予定地に同町のゴミ処理場とともに併設するべく計画されていること(この点は本件申請人のうち大部分のものが、本件予定地からみて江の川下流の甲田町に居住するものたちであることを考慮する必要がある)昭和四四年一〇月に吉田町長が本件予定地に設置することを町議会総務委員会に明らかにしたのであるが、ただちに地元民を中心とする吉田町柳原地区、四軒屋地区反対期成同盟が結成され、昭和四五年三月まで六回の請願抗議等をくりかえし、又被申請人らに対し代替地として二ケ所などを示して再考を求めたが、町当局は、①水量②交通の便③土地の確保④住居からできる限りはなれていること等を中心に討議し本件予定地が最適であり、代替地として出された場所については水量が不足であるとか高田郡の全体からみて偏地であり交通の便に欠けるとして、町議会議員を個々に説得し、公開の町議会では十分な説明と討議を行なわず本件予定地に建設することを決議したものであること(後記認定のように、必ずしもこのような判断がやむをえないものであるとは認められないのである)吉田町長(被申請人組合長兼任)が反対の地元住民に説得する機会を設けたのは昭和四四年一〇月以降わずか数回であること、その説得も公害のおそれはない、少数者はがまんしてもらいたいとの趣旨にとどまり、簡易水道の設置、大気汚染の監視等住民の公害に対する不安を取り除く措置についても具体的腹案もなく、従つてまた、これらについて話し合つたことはなかつたこと、本件予定地附近の住民の五〇%に近い多数の者が強い反対の意思を表明しているにもかかわらず、予定地の整地を強行しようとしたことがそれぞれ疏明されかかる経緯に徴すると被申請人らの努力は必ずしも十分なものとは認められない。

(2)  たしかに所有地を一定の目的に従つて使用することは所有権本来の内容に属するから、その使用を事前に差止めるような請求はよほどの事由がない限り認めらるべきではないであろうが、前述のように本件の場合は生命身体に対する侵害の危険性が問題とされている場合であるのみならず私人と異なり地方自治体あるいはこれと同視すべき公共団体にあつては、当然地域住民の生活と健康を維持増進するという責務を有し又地方自治体は一般私人よりも他に適地を十分取得し得る資力や調査力等を有しているのが通常であるから、特に公害を発生させるおそれの強い施設の建設のための用地の選定にあたつて、一般私人と利害が対立する場合には、被申請人らに相当程度の譲歩が期待されることも、またやむを得ないと解するのが相当であろう。(つまり、この場合所有権の私法的内容、効果はともかく、むしろ、かかる権利の主体―事業主体の公共性を重視すべきであろう)

そこで本件予定地以外他に代替地を求めえない実情であつた否かについて按ずるに、〈証拠〉を総合すれば、申請人らが本件予定地の代替地として示す土地のうち、吉田町大字多治比字三軒屋地区は前記土師ダム上流にあり、付近の人家はダム建設のため立退き、容易に入手し得る荒廃地が存し、水量も十分にあり、郡の境をへだてて直近にすでに山県郡東部の町村の共同し尿処理施設が存することが疏明される。成程右土地は高田郡全体の処理施設としては地域的に偏在し、し尿ゴミ運搬の費用がかさむこと、土師ダムの建設に伴い付近が観光地化される可能性があるときこれを妨げるのは好ましくないとの反対意見もあるのであろうが前段の意見はたしかに考慮すべき点だとしても、地方自治体に不可能な経済負担を強いるのでない限りは本件の如く一三〇名以上の住民の意思を無視してまでもあえて、これを強行すべき事由となしうるものとも考えられないし、又観光地化も既に山県郡東部処理場が設置されている関係もあり、本件予定地についても同じことが(すなわち吉田町の入口附近にあたり、同所附近の景観を害することは明らかである)いえないわけでもないから、右同様これを不可とする事由とはなし難い(叙上の判示は三軒屋地区が適地であるということを判断したものではなく、本件予定地の選択が、やむを得ないものとは認められない理由として述べたものである)。

(3)  最後に差止を認めることによる被申請人らの損害について判断してみると、〈証拠〉によれば、現在高田郡にはし尿処理施設が存せず、開拓地の牧草地への散布や他の自治体への委託処理に依存し、時には谷あいなどへの不法投棄も発生している状態で、衛生的処理施設のないことに対する苦情も多く、又現存の吉田町のゴミ処理場も一五トン炉で小さく、焼却できないゴミは埋立をしている等の状態であり、本件の如き処理施設が是非とも必要とされていること、又成立に争いのない疏乙第二号証によれば、被申請人組合は昭和四五年三月に組合会議により共同し尿処理施設予算金八、五〇〇万円を可決し、被申請人吉田町も昭和四四年一〇月及び昭和四五年三月にゴミ処理場施設予算約金一、〇〇〇万円を各年度ごとに町議会において可決し、それぞれ用地買収等に一部執行済であることが証明される。

しかし、以上のいずれの事由も一三〇名に及ぶ本件申請人らの健康(生命・身体)への侵害のおそれに優先すべきものとも考えられないばかりか、本件差止請求は既存の公共施設の操業停止ないし除去を求めるのとは異なり未然になされる予防的差止請求という点に特異性があり、それによつては現状維持に止るにすぎず被申請人らが蒙る損害はむしろ比較的に少ない場合に当るといつても過言ではないであろう。要するに本件施設の建設差止により被申請人らが著しい損害を蒙るおそれがあるとは認められない。

五、以上説示のように、本件環境衛生センターが完成し、操業が継続する限り、申請人らは、大気及び水質汚染によりその生命身体に対する損害を蒙るであろうことが、現在かなりの確実性をもつて予測されるから、申請人らの、右施設の建設差止を求める本件申請は一応理由があるものとして認容すべきものである。

よつて民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(加藤宏 岡田勝一郎 安原浩)

別紙(一)(二)〈省略〉

申請人  神川佐一

外一三四名

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